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第15回女流モンド杯決勝観戦記 文:小又勇士
7月某日。人気、実力ともにトップクラスの麻雀界を代表する女流プロのみが集う女流モンド杯。その第15回大会の決勝戦が行われた。 麻雀プロであれば誰もが喉から手が出るほど欲したいこのタイトル。その頂に挑戦する4名の選手たちを順番に紹介しよう。1位通過 水瀬夏海
決勝進出はこれが初。それもそのはず。今大会が女流モンド杯初出場である。
夕刊フジ杯の個人戦で見事優勝を果たすと、その勢いのままモンドチャレンジマッチにてタイトルホルダーらを撃破。初めて女流モンド杯本選に出場すると、予選道中では名だたる先輩たちをそのまっすぐな打ち筋で圧倒した。恐らくいま最も勢いのあり、注目を浴びている女流プロである彼女。このタイトルも奪取し、2017年を「水瀬夏海イヤー」とすることができるだろうか。
2位通過 石井あや
2年連続3回目の決勝進出。うち1度、第9回大会にて優勝を果たしている。今季の女流モンド杯は序盤こそ苦しんだものの、後半戦から準決勝にかけて大きく飛躍。見事ここまで駒を進めた。この4人の中では唯一決勝の舞台を、そしてモンド王座の空気を知る彼女。6年ごしの忘れ物を取りに、いざ行かん。
3位通過 池沢麻奈美
4位通過 和久津晶
3位通過 池沢麻奈美
女流モンド杯3回目の出場で、決勝に進出するのは今大会が初となる。1年目の出場では予選落ちをしてしまった彼女。その後地獄のチャレンジマッチを見事勝ち上がり、昨年の2回目の出場では準決勝まで勝ち残った。予選落ち、準決勝進出と階段を少しずつ上ってきている彼女。3年目の今季、「優勝」という大輪の花を咲かすことはできるのだろうか。
4位通過 和久津晶
6回目のモンド出場で今回が2度目の決勝進出となる。「女流プロナンバー1」の呼び声も高い彼女であるが、意外にもまだモンドでのタイトルはない。王座へ勝ち進んで最高の舞台で最高の選手たちと戦いたい。その気持ちが一番強いのは彼女ではないだろうか。
決勝へ勝ち上がった4名を見て、解説の馬場裕一プロは「昭和VS平成」の対決と評した。
実績十分、タイトルも多数獲得し団体の顔となっている石井・和久津両名に対し、水瀬・池沢はこれからの自団体を、麻雀界を引っ張っていく可能性を秘めた2人。その構図を彼女らの生まれた年号に関連づけたのだ。さらには水瀬と池沢は学年も同じだというのだから面白い。
世代の対決ともとれるこの決勝戦。果たして最後に笑うのは、最高の名誉と喜びを手にするのは誰だ!?今、決勝のゴングが鳴り響いた!
1回戦
起家から
池沢→和久津→水瀬→石井
東一局。親は池沢。ドラは2萬。まずは水瀬が先制の声を上げる。
ンタンピンイーペーコー。満貫確定の2-5ソー待ちリーチ。亜両面ではあるがソーズの場況も悪くなく、3ソーが先に打たれているため出和了も十分に期待できるリーチである。予選の好調さがこの決勝にも持続されているような、そんな印象を受ける好手。それに対し親の池沢はなんとこの嵌6ソーで追っかけてきた!
役なしドラなし。打点もなく待ちも悪い、親とはいえ半ば無謀にも見える追っかけリーチ。この手は両面変化はもちろん、ドラの2萬引きやイーペーコー変化など様々な手替わりが見込める手である。でも、リーチ。このリーチに池沢の、この決勝戦に賭ける気概を感じた。一歩も引かない、絶対に頂を掴み取るという気概。結果は流局。池沢の開けられた手を見て、3人は何を思っただろうか。きっと彼女らも池沢の気合と意気を感じているはずだ。
東一局1本場 和久津・水瀬 テンパイ
東二局2本場 池沢・水瀬 テンパイ
開局から展開が重い。この東発の流局を皮切りに、なんと3局連続の流局。重い重い、見ているこちら側にまで選手たちの深い息遣いが聞こえてくるかのような展開。そんな中最初の和了を手にしたのは、やはりこの人だった。
東三局3本場。親の水瀬が發を仕掛けてこのツモ和了。700オールは1000オール。貯まっていた供託も3本ゲットした。水瀬は続く4本場も先制リーチを引き和了り、1300オールは1700オール。これで持ち点は39600点。後続から1歩抜け出した。
迎えた東三局5本場。親は引き続き水瀬。ドラは東。ここまでずっと小場の展開が続いていた今決勝戦。ついに大物手が水瀬に入った。
なんと7巡目にして四暗刻のイーシャンテン。1回戦の東場にて、一気に勝負を決めうる手が舞い降りた。
ここで難しいのは3ソーや5ソー、6萬をポンしてテンパイを取るかどうかである。確かにもしここで親の役満を和了れば優勝はほぼ決定的、本当に大きなアドバンテージを手にすることができる。巡目もまだ浅い。この手で決めにいく選択も悪くはない。
だがこの手は鳴いてもタンヤオトイトイで7700ある。ツモれば三暗刻がついて4000オールだ。現在の彼女の持ち点は39600点。7700でも十分な加点であるし、トップへ大きく近づく点数だと言ってだろう。
たったの2戦しかないこの決勝。決まるか分からない役満を追うよりも、確実な和了で初戦のトップを固める方が優勝確率は高いようにも思える。
そんな折、件の3ソーが和久津から放たれた。
この3ソー、動く手も十分に考えられるが…?
水瀬は微動だにせず!あくまで狙うは四暗刻!親満テンパイなど不要!この手で優勝を決める選択をした!
これは本当に勇気のいる選択だ。これまでのモンド杯において、初戦トップを手にした人間の優勝確率の高さは彼女も重々承知のはずだ。鳴きたい気持ちも彼女の中にはあっただろう。だが彼女は鳴かなった。この舞台へ昇り詰めるまで彼女を支えてきた麻雀はこの1枚目の3ソーを仕掛ける麻雀ではない。大舞台、2戦の短期戦だからといって自分のスタイルは曲げない!
しかしその格好良さとは裏腹に、現実的にこの手の和了は苦しくなった。5ソーと6萬はまだ残ってはいるが3ソーは石井の手にターツとして組み込まれている。その石井の手も遅くはない。3ソースルーが致命傷になるかと思われたが…?
石井のこの手。イーシャンテンではあるが目いっぱいには受けず、完全安全牌の東を残して1ソーを切っていった。彼女の手には親である水瀬の現物がない。確かにリーチが入った時のために安牌を残しておきたい気持ちは分かるが、場に1枚も切れていない嵌2ソーの受けを放棄するのは少々弱気な選択にも思える。そしてここを嫌っていくということは当然…?
3ピンを引き入れピンズが良い形になった。と、なればこの嵌4ソー受けは不要。3ソーから払っていく。そう、3ソーだ!
なんとなんと!よもや出ることのないと思われていた最後の3ソーがこんな形で押し出されることになるとは!当然水瀬はこの3ソーをポン!タンヤオトイトイ!ツモって満貫のテンパイを入れることに成功した!待ちは5ソーと6萬のシャンポン。そして石井の手には嫌った嵌張の片割れ、5ソーが浮いてしまっている…。
もちろんここで完オリに徹する手もある。しかしピンズは三面張形に変化。場に打ちやすいソーズを彼女は止めることはできなかった…!
石井から水瀬への打ち込み!タンヤオトイトイ!7700は9200の大きな放銃!まさに快心の一撃!一度は3ソースルーにより潰えたかと思われた大物手!MAXである四暗刻こそ逃したものの、十分すぎる加点を水瀬は果たした!対する石井は痛恨!弱気が顔を出してしまい、出ることのないポン材、さらには和了牌まで献上してしまった!まだ東場とはいえビハインドは4万点。ここから巻き返しはあるのか。そしてこの対局を見守るスタジオの関係者席では、このあまりに奇跡的な水瀬の和了に早くも「優勝決定」の雰囲気が流れ始めていた。
そう思うのも無理はない。それだけ予選から通じ水瀬夏海の麻雀は神がかっており、隙がなく、何より内容が素晴らしかった。きっと彼女はこのチャンスを逃さず、アドバンテージをさらに広げ続けることだろう。そんな感覚を誰しもが抱いていたはずだ。
しかしそれに待ったをかけた者がいた。もう1人の平成生まれ、池沢麻奈美である。
東四局の池沢の配牌がこちら!
チャンタ三色やチートイツ、さらには四暗刻とどう見積もっても安くなりようのない手が彼女に舞い降りた!
しかしそれが……。
リーチツモ東。裏ドラはのらないが2000オールの和了。東場までとは一転、池沢に完全に勢いが乗り移ったようにも見える和了だが水瀬は動じない。
北家のため南は風ではないが、それでもタンヤオ三色からホンイツ、縦系の手まで打点の見える好配牌を貰う。
一応、再度テンパイは果たした。1萬単騎か、5-8-7萬。だがもし8ピンを残していればツモり四暗刻のテンパイとなっていたところでもある。自分の選択が果たして正しかったのか。和久津は6萬を暗槓し嶺上牌に答えを訪ねる。返答は…
なんと嶺上に眠っていたのは1萬!7萬を切ってリーチ!なんとなんと!一度は拒否した四暗刻であったが、見事に再度テンパイを張りなおしてしまった!
ドラは9萬。和久津のこの早いリーチに対し、池沢が中盤に放銃をしてしまった。
ドラは2萬。現状役なしではあるが、南が出たらポンして役あり両面テンパイを取ることができる。東場よりもさらにリーチを打って無防備になりたくない場面。しかも手痛い放銃をした直後だ。少しはためらいが生じてもおかしくはないのだが、彼女の手からは全くそれが感じられない。
と、そこに5萬がやってきた。これでマンズが両面になり、ある程度形が安定する。これで2萬は不要。南より先に2萬を処理すると思われたが何と。
11巡目。もう1枚2萬を引き入れた!これで池沢の手はガラリと変化!3-6萬と嵌3ソーの受け入れ以外にも2萬と2ソーのポンテンが利くようになった!そして…
チャンタ三色やチートイツ、さらには四暗刻とどう見積もっても安くなりようのない手が彼女に舞い降りた!
先ほどの水瀬の再現か。5巡目にして四暗刻のイーシャンテンに。ここで水瀬と同じく問われるのが東や2ピン、2萬を鳴くかどうか。東はともかく数牌は鳴いてしまうと2600で終わってしまう可能性もある。この手をそんな点数で満足できるだろうか。と、そこに2ピンが水瀬へとやってくる。この2ピンはパッと見不要牌。そのままツモ切るかと思われたが…?
水瀬はまだこの2ピンを打たず、打北。ドラの發が浮いている。1ピンは既に3枚打たれており、2ピンは山に残っている可能性の高い牌。チートイツの含みを残し、2ピンを温存した。これにより池沢に選択の機会は訪れず。そのまま自力でテンパイを入れた。
東を引き入れツモスーテンパイ!当然リーチ!この時点で2萬も2ピンも1枚ずつ山に残っている!万感の思いを込めて牌を横に曲げた!そして対する水瀬も勝負手のイーシャンテンへと進行!ドラの發を重ねターツ選択!いったいここから何を選ぶか!
リーチ後、池沢が4萬をツモ切っている。安全にいくなら4萬の対子落とし一択なのだが1-4ピンはフリテン。自身で1ピンを打ってしまっているし、もう1ピンは4枚見えている。残していても和了までは見込みづらい。
そして何より水瀬のこの手も四暗刻のイーシャンテンである。引く理由は何もない。どれだけ点棒を持っていても変わらない、まっすぐな麻雀で1-4ピンターツを払いにいった!
池沢の当たり牌!リーチ東トイトイ三暗刻!裏はのらないが12000の大きな和了!そしてトップ直撃!池沢としてはもちろんツモりたかった手ではあるだろうが、これはこれで大歓迎!一気に24000点差を縮め、トップ水瀬に急速に接近した!
東場終了
池沢 31300
和久津 18300
水瀬 35000
石井 15400
南一局。親は池沢。
水瀬の独走態勢から、一気に平成生まれ2人の競りと化した決勝第1戦。まずは池沢が跳満直撃の勢いそのままに、南場の親番で軽く逆転をする。
リーチツモ東。裏ドラはのらないが2000オールの和了。東場までとは一転、池沢に完全に勢いが乗り移ったようにも見える和了だが水瀬は動じない。
南二局。ダブ南をポンして石井から2600。これで再度池沢を逆転。ホンイツまで見える手だけに少しもったいない気もするが、勝負は次局の親番と心得ているのだろう。
南三局。親は水瀬。2人の火花が激しくぶつかる。池沢が3-6ソーで先制リーチをかけたかと思いきや、すぐに水瀬も3-6-9萬で追いかける。和久津と石井はまるでまとまらず、何も手出しすることができない。結果は流局。麻雀の神様もこの同い年の2人のどちらを勝たせようか決めかねているのだろうか。しかし続く南三局1本場。ついにその審判が下された。
またしても先制は池沢!ドラこそないものの素直な2-5ピンピンフリーチ!和久津の槓によって裏ドラの枚数も増えている。是非とも和了って、この1回戦に終止符を打ちたい。それに対し水瀬も当然押し返していく!無筋の9ピン、8ピンを切り飛ばし追っかけリーチ!
待ちはドラの9萬と新ドラ5ソーのシャンポン待ち!まさに押し返すにふさわしい手牌!どちらで和了ってもドラ5枚で跳満という超ド級の手だ!
さあこの捲り合いどちらもまだ当たり牌が山に残っている!互いに1牌1牌祈るように、それでいて潔くツモ切りを繰り返す!なかなか顔を出さない2人の和了牌たち!そして最終盤。池沢の最後のツモ番。そこには池沢麻奈美が望んでいたものが待っていた。
最終ツモで池沢が2ピンを手繰り寄せた!リーチピンフツモ!裏ドラをめくる手に力が入る!そしてそこに眠っていたのは…?
なんと池沢が5ピンをすぐに持ってくる!もし和久津がリーチをかけていれば一発で打ち取っていたはずの5ピン!しかし役なしのため当たることができない!そして!
裏ドラ表示牌は5萬と6ピン!どちらも乗った!リーチピンフツモ裏裏!大きい大きい!2000/4000は2200/4200の和了を手にした!
水瀬との直接対決を制した池沢!東場に大きく引き離されたものの、見事な逆転トップで決勝第1戦を飾った!
1着 池沢 +59.7
2着 水瀬 +12.6
3着 和久津 ▲29.3
4着 石井 ▲43.0
2回戦
起家から
水瀬→石井→和久津→池沢
いよいよこの試合で第15回女流モンド杯チャンピオンが決定する。初戦にトップを取り大きなアドバンテージを得たのは池沢。やはり麻雀は先行有利なゲーム。1局1局を冷静に消化していき、歓喜の瞬間へ繋げたい。そうはさせたくないのが他三者。全員ほとんどトップは必須であろう。そのうえで池沢を可能な限り沈め、自身の素点を稼ぎたい。
奇しくも並びは池沢に優位に決まった。幸運にもラス親は自分。これにより歪んだ連荘で追い上げられる可能性は格段に減った。逆に池沢を追う筆頭の水瀬は起家スタート。親が最も早く終わってしまい、連荘による加点を期待しづらい。どこか、池沢に風を感じながら決勝第2戦はスタートした。
東一局。親は水瀬。ドラは5ソー。池沢の手が良い。少し悩む形であったが、迷うことなく7萬を打ち出していった。
ドラの5ソーを手に残し、マンズの2度受けを払っていく。池沢は次巡8萬切り。はっきりと両面ターツ落としを見せ、他家にスピード感を見せつける。
最高のドラの5ソーを引き入れ6-9萬テンパイ。リーチ。ダブル面子落としとはいえ3巡目7萬だ。9萬を抑えることは難しく、当然全てぶつけに行く構えの親の水瀬には止める術はなかった。
リーチピンフドラドラ!トータル2着目、目下池沢を一番近くで追う水瀬からの値千金の満貫直撃!水瀬も絶対に落とせない親番。放銃という結果に回るのも勝負ゆえ致し方ないか。
しかしこれで一気に楽になったのが池沢。まだまだ始まったばかりではあるが水瀬がラスに。例え自身がトップを取れずとも、水瀬よりも上に行っていれば優勝条件はかなり軽くなる。それだけに両者にとってとても大きな意味を持つ東一局であった。
東二局は親の石井の1500の和了。続く東二局1本場。親は引き続き石井。ドラは8ソー。
池沢は攻める手を緩めない。1-4-3ソー、変則三面張で先制リーチをかける。三面張とはいえ役ありのためダマにも構えられるがリーチ。追いつかれ放銃にまわる危険性もあるが、ここは打点上昇・そして圧をかけることに重きを置いた。
そこに和久津晶が追いついた!浮いていた当たり牌の3ソーを中心にターツを作り2-5-7ピンの三面張テンパイ!リーチに行くと思われたがここはヤミテンを選択!仮にかけてもここは1300。三暗刻やタンヤオなどの手替わりを求めた。
しかし…
ほどなく池沢が4ソーをツモ和了!裏はのらず700/1300。だがもし和久津がリーチをかけていれば生まれえなかった和了!和了した本人は知るよしもないが、幸運な加点を手にする!
東四局。親は池沢。ドラは1ソー。
先制テンパイはまたしても和久津。しかしなかなか満足のいくテンパイとならない。今度は亜両面の2-5ソー。しかもリーチをかけても1300。さらなる手牌変化を求め、この手もヤミテンに構える。一方、親番の池沢。ドラ絡み、役なしペン3ソーテンパイを即リーに踏み込んだ。
これは結構危険なリーチに思える。確かにここで4000オールなどを引き和了ることがあれば、ほとんど優勝は決定的と言っていいだろう。親リーでプレッシャーをかけたい気持ちも分かる。だが逆に言えばこの局は自分が親番。無理して流しにいく必要のない局であるし、何よりもこの待ちでは他家の反撃が怖い。
さあ反撃なるか和久津晶。直撃チャンスと見てツモ切りリーチを敢行するかと思われたが…
ここも彼女の選択はヤミテン続行!一手変わりピンフイーペーコー。数少ない直撃チャンス。せっかくぶつけるなら高くしてからということだろうか。
だが現実は無常。
なんと池沢が一発目に持ってきた牌は5ソー!そう、もし和久津が追っかけリーチをかけていたならば一発で打ち取っていた5ソーだ!結局この局は2人テンパイで流局。しかし和久津にとってはまたしても直撃を逃す結果となってしまった!確かに自分の手は待ちも良くないし打点も低い。せっかく追っかけても得られる対価は1300か2600。わざわざリスクを背負いに行くこともない。
だがそれは常識的な判断だ。それでも彼女なら、この女流モンド杯に出場する選手の中で最も非常識で規格外の麻雀を打てる和久津晶であるなら、打ち取ることができたのではないかとも思ってしまう。
繋がった池沢の親番。東四局1本場。ドラは西。
水瀬が8巡目に高め満貫のリーチをかける。待ちは5-8ピン。この半荘ラスに沈んでいる水瀬。絶対にこれを和了り、南場の最後の親番に賭けたいところ。これに対し池沢麻奈美は一歩も引かない!
すぐに追いつき2-5ピンリーチ!しかもなんと現物の2ソーではなく、イーペーコーになる5ソーを切ってリーチ!5-8ソーで当たる危険よりも打点を取りにいった、大胆不敵な追っかけリーチ!実にこの決勝戦5回目となる池沢と水瀬のリーチ合戦。これから先、女流モンド杯や様々な大会の決勝で何度も見ることになるであろう、同級生2人の名勝負。その前奏曲とも言うべきこの対決を制したのは…池沢麻奈美であった。
南家・水瀬の最後のツモ。ハイテイ牌に眠っていたのはなんと池沢の当たり牌である2ピン!
メンピンイーペーコーそしてホウテイ!12000は12600の和了!
1回戦に引き続き、またしても水瀬は勝負所でのリーチ合戦に敗れてしまった!予選で猛威を振るった水瀬夏海のまっすぐな麻雀。この決勝戦では少しツキが向いていないようだ。これで水瀬の持ち点はわずか100点。1回戦を終え2着につけていた彼女であったが、厳しい展開となってしまった。対する池沢はこれで持ち点が48600点と独走状態。役満などの奇跡でも起きない限り、この牙城を崩すのは難しいと思われたが…?
東四局2本場。親は引き続き池沢。ドラは中。この局、和久津に勝負手が舞い降りる。
南が暗刻に!ツモり三暗刻のテンパイだがもちろんリーチはかけず!ここまできたら目指すは四暗刻!この手で一気に逆転してしまいたい!次巡、彼女が持ってくるは1萬。当然ツモ切ると誰しもが思ったが…?
なんと彼女の、和久津晶の選択はテンパイ外し!8ピンを対子落とし。ツモり三暗刻ではなく、メンホンのテンパイへと組みなおしにいった!これは本当に意外で、何というか驚きの選択であった。この手を貰ったら誰だって役満に目がいく。そして現状、役満を必要とする点差にもなってしまっている(この半荘だけでも25000点近く離されている)。
だが、追わない。山読みに長けた彼女のことだ。8ピンはもう山に残っていないと感じたのだろうか。しかし実際にはまだ8ピンは山に1枚残っている。悔やむ選択とならなければいいが…。
なんと嶺上に眠っていたのは1萬!7萬を切ってリーチ!なんとなんと!一度は拒否した四暗刻であったが、見事に再度テンパイを張りなおしてしまった!
そしてすぐに8ピンが池沢の元へ。そう。8ピンは和久津の元へ来ることはなかった牌!対して1萬と8萬はまだ1枚ずつ山に残っている!もしもこれが成功すれば、1萬をツモるようなことがあれば和久津の大ファインプレーとなる。普段から気持ちの良い打牌音を響かせている彼女。いつも以上に気持ちの乗った、熱を感じる摸打を見せる!
と、そこにもう1人。大物手を作り上げて参戦してきた者がいる。
石井あやだ。
石井も和久津のリーチを受けながらもチートイツのテンパイを入れていた!和久津の槓により増えたドラがモロ乗り!実にチートイツドラ4!出和了でも跳満からという超大物手だ!ここまでなかなか出番の回ってこなかった石井。ここが勝負と北単騎でリーチを宣言する!
この時点で和久津の和了牌の数は残り2枚。対する石井の北は…なんと0枚。その残り2枚のうち1枚を石井が掴んでしまった。
できれば自身でツモりたかった和久津であるが、さすがにこれを見逃すことはできない。リーチメンホントイトイ三暗刻。石井から倍満を出和了る形となった。
東場終了
水瀬 100
石井 8700
和久津 42600
池沢 48600
そう、この倍満を和了してもまだ、池沢の方が着順が上なのだ。この点棒状況では池沢をラスに沈めるのは絶望的。3着に落とすのも難しい。水瀬に代わって池沢を追う第一候補となった和久津はこれから素点を何万点と稼がなければならない。
だがここでまた1つ事件が起きる。
和久津が池沢から跳満を直撃したのだ。
リーチ白ドラ1。6400かと思いきや裏ドラは5ソー。暗刻で乗り12000の放銃となってしまった。和久津にとっては望外の、そして池沢にとっては痛恨のライバルへの放銃。池沢は完全安全牌こそないものの、当たりにくい牌なら他にも選択することはできた。中筋になっている5萬、リーチ後に後筋となった3ピン。打たないだけならいくらでも選択肢はあったはずだ。池沢に優勝の重圧が襲い掛かっているのか。緊張とプレッシャーにより普段の押し引きができずに、暴牌をしてしまったのか。
しかし池沢の心は折れない。跳満直撃で和久津との点差が約38000点差に縮んだ南二局。この役なしテンパイを迷うことなく曲げる。
持ってきた9ソーを、こちらも迷うことなく暗槓する。大量リードしている場面。打点は必要ない。相手の手を高くするリスクを考えればしない方が賢い選択に思えるが、そのリスクよりも彼女は嶺上から1牌多くツモる権利を優先した。数巡後、前に出るしかない石井から当たり牌が放たれた。ロンを宣言する池沢。裏ドラをめくるとそこには。
新ドラ表示牌の下に眠っていたのは8ソー。つまり裏ドラ9ソー。槓をしたことにより2600の手を12000にまでしてしまった。これにはせっかく直撃を果たし近づいた和久津もがっくしきたことだろう。リスクを恐れない選択をしたことで再度ライバルを突き放すことに成功した。
南三局。和久津晶、最後の親番。ドラは3ピン。
オーラスの親は池沢。つまり池沢はこの局さえ消化してしまえば、最終局は伏せることができるため優勝当確となる。和久津にとっては最後のチャンス。何もできなかった1回戦で負った負債を、倍満出和了や跳満直撃で可能な限り返済してきた。現在の点差は順位点も含め、49.4ポイント。途方もない数字にも思えるが、6000オールを2回ツモれば並びである。不可能な数字ではないし、過去にタイトル戦の決勝で和久津は同じような条件をクリアし優勝したこともある。水瀬と石井はほとんど条件が残っておらず、役満を狙うしかない状況。和久津も連荘をしやすい。
池沢にとっては最後の試練、運命の南三局が始まった。
和久津の配牌はこちら。面子が1つもなく良いとはいえない配牌。だがドラこそないものの、タンヤオが見え仕掛けることができる形。この手で6000オールは難しいかもしれないが、テンパイまではたどり着けそうな手牌だ。だが池沢の手が早い。配牌で發が対子。絶対にテンパイをしたい和久津から打ち出され、鳴くことができた。
もし水瀬や石井の元にあったらほとんど打ち出されることのない役牌の發。その發を鳴くことができたのは池沢にとって非常に幸運と言っていいだろう。
しかしイーシャンテンとはいえ形はまだ苦しい。残ったターツはどちらも嵌張であり、全体的に手牌が真ん中に寄っているため受けもききづらい。もしも和久津から先制でリーチを打たれたら窮する形だ。
池沢は先に南を処理!南よりも格段に危険度の高い数牌である2萬を手元に残した!
確かに南は後々、脇の国士に当たる可能性がある。打てる時に打っておきたい牌ではあるのだが、それにしてもこの選択は凄い。生牌である南を和久津にポンされ手牌を進められるかもしれないし、もしここで和久津からリーチが飛んできた場合打ちづらいのはどう考えても南より2萬だ。和久津の河から2-5萬が打ちやすい情報は何もないし、現に彼女の手には2-5萬受けが残っている。
だがそれでも池沢は2萬を残した。縦引き以外では使い道のない、それでいて危険な2萬。その想いが実を結ぶ。
3ソーを引き入れ3-6萬テンパイ!仮に南を残していたらたどり着けなかった最終形!和久津からのリーチを恐れず構えたことが功を奏した!
思えばこの決勝戦。池沢はいつだってリスクを恐れなかった。1回戦東発の嵌6ソー追っかけリーチから始まり、2回戦東場の親番のペン3ソーリーチ。先ほどの9ソー暗槓だってそうだ。彼女はリスクを怖がらず、その全てを背負いこんでここまで戦ってきた。
和久津も最後まで粘りこむ。池沢の当たり牌である3萬を打たずにギリギリまでテンパイを目指す。彼女だって女流モンド杯は是が非でも手にしたいタイトル。1回戦のあの状況からよくここまで池沢に迫りこんだと言っていいだろう。
しかし、しかし今回ばかりは池沢の執念が上回った。
優勝
6萬を自ら手繰り寄せた!勝利を決定づける300/500のツモ和了!これで全員の親番を終わらせることに成功!
南四局は自らの親番。そっと牌を伏せ、ここに新しいチャンピオンが誕生した。
優勝
池沢麻奈美
見事、池沢が3度目の出場にて初めての女流モンド杯のタイトルを手にした!その戦いぶりたるや優勝にふさわしい闘牌だったと言えるだろう!
今決勝戦は従来の池沢麻奈美のイメージを覆すような麻雀であった。デビュー時から既に経験豊富であり、新人とは思えないくらい正確な打牌を行っていた彼女。そんな聡い彼女がこの決勝戦では力強くもあり、時には暴牌とも思えるような打牌を繰り返した。それはまるで麻雀の怖さを知らない、無垢で無邪気な子供のようであった。
この決勝戦を勝つために、あえて彼女は子供になったのではないだろうか。リスクを考え、その場の最善を目指すだけでは優勝することはできないと踏んだのではないだろうか。この戦いぶりは決勝戦用の作戦であったことは間違いないだろう。
敗れた3人も素晴らしかった。最後まで意地を見せた和久津は立派であったし、手が全く入らなかったにも関わらず諦めを見せなかった石井の姿に感嘆した。水瀬の今大会の活躍は数多くの視聴者の印象に残ったことだろう。
だがその3人を上回り優勝した池沢は誰よりも素晴らしかった。大きなトロフィーを持ち、満面の笑みを見せる彼女。トロフィーを見つめる彼女の目は無邪気な子供のようであった。
終